ホーム料理道 ≫ 料理は愛情が味を決める?

料理は愛情が味を決める?

180117 スープ


料理は「愛情が大事」と言われますが、それは本当でしょうか?

ためになるブログがいっぱい☆
にほんブログ村 料理ブログ おうちごはんへ にほんブログ村 料理ブログ 一人暮らし料理へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ

もちろん愛情は大事なのですが、愛情だけを単独で考えると悲惨なことになる。愛情があれば、まずくてもいい、わけじゃありません。

「愛情」が重要な場合は決まっている、と言えます。

それは関係性によって決まる、ということ。

例えば、小さな子がお母さんに一生懸命、おにぎりを作った。ボロボロとごはんはまとまっていなくても、塩味が強すぎても「おいしい」ですよね。我が子が一生懸命作ったから、味ではなくてその気持が愛おしくてうれしい。

大好きな彼女が作ってくれたクッキー。焼きて固くても、モロゾフにはない価値がある。これも関係性によるもの。

逆に苦手な女子からの手作りクッキーは重すぎる。例えプロ並みにおいしいとしても。

料理の愛情は関係性から生まれてくるもの。

家のごはんとお店の違い


一方、関係性が全くないところで勝負しているのはプロの人、カフェでもお店はお客さんとの関係性がないので、味で勝負しています。「まあ、しょうがないよね。」と言ってもらえない厳しさです。

もちろん、お店でも気持ちは出てしまいます。気の抜けた料理を食べると「もう次はないな。」と思います。お店の場合は技術が伴わないと気持ちだけではやっていけない。

おうちごはんを美味しく作りたい


それでは毎日のごはんは、どうなのでしょう?愛情さえあればいい?とは行きませんよね。毎日食べるものですから、まずかったら楽しくありません。

ですが、凝った料理、ものすごくおいしい料理はお店で食べればいいと思うのです。毎日のごはんには、ある程度のの基礎的技術を身につければいいだけです。

その技術とは
・簡単に作業できるため
・負担を少なくするやり方
であり

・基本的な素材の扱い方
・基本的な味のつけ方
・火加減

程度あれば、技術的にはクリアできます。

そして愛情とか気持ちなのですが、これは気にしなくていいと思います。つまり、すでに「自然に持っている」ものなので、無理やり「美味しく作ろう」「喜んでもらおう」等、思う必要はないのでは?

自然と湧き上がる気持ちならかまいませんが、無理やり思おうとするとそれは念になってしまいそう・・・(^^;) 重たい気持ちです。美味しくできません。

日々のご飯は自分や家族、友人など関係のある人につくるもの。透明な愛情があります。

「何が食べたいかな?」
「たけのこが出たから、たけのこご飯にしようか?」

その思いがすでに愛情からだと思います。すでに毎日ご飯は愛情はクリアしています。

だから、日々のごはんを簡単に作れるようになって欲しいなと思う。今年は暮らしごはんを伝える1年にしたいのです。

スポンサーリンク


関連記事

コメント













管理者にだけ表示