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SNSにアップできなければ料理する意味がない?おうちごはんの基本はそこじゃありません。

20160921 和食


雑誌やテレビなどに出てくる美しい料理こそが料理なのかしら?毎日、あんな風に作らなくては、と思ったら作りたくない気持ちがでてきます。

美しいおしゃれな料理の前に目指したい方向があります。

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本来は料理人さんの作るような料理と、毎日食べるおうちごはんとは別物のはずです。しかし情報過多の今、入ってくる知識や情報は増えました。そして料理が得意な人はその方向を目指しています。

しかし全ての人がプロのおしゃれな方向を目指したいわけじゃない。それでも、なんとなくSNSにアップできるレベルじゃないと、料理じゃないと思わされている気がするのですよね。そのレベルのものを作れないなら、意味がないと。

しかし、料理とは「食材を食べられるように準備する」ことなのです。だから切っただけ、混ぜただけ、茹でるだけでも立派な料理なのですよ。

美しくプレゼンするのは、ずっと先の話。美しさの前に目指したい基本となる料理があるのです。


美しさより温かさ


目指したいのはです。食べてほっとする、そんな料理こそがおうちごはんの醍醐味だから。

おいしいだけの料理なら、お金さえ出せば食べられます。しかし、あたたかい料理はお金を出せば食べられるわけじゃありません。その人を思って作ったから、感じられるのですから。

「栗の季節になったから、栗ご飯を作ってあげよう。」
「体調悪そうだから、あたたかい消化の良いものに。」


そんなお母さんが何気なく、あたりまえのことのように作るご飯にある思いやりというか、食べる人を思って作るもの。

味のおいしさどうのではなく、もっと基本的な食の意味が含まれている料理です。

何もこれは人に対してだけではありません。自分で作る料理も同じですよ。今日は何が食べたいかな?秋はきのこがおいしいよね。そんな風に自分と対話しながらの料理も同じ質を持っています。それは自分への思いやりや関心を形にした料理だから。


雑誌などの美しい料理の前に目指したいのは、気持ちのある温かい料理です。

毎日ご飯は簡単なくらいでいい


温かい思いやりのある料理は豪華なものでなくていいのです。「え、こんなに簡単でいいの?」というレベルでいいのですよ。

茹でた野菜の醤油和え、海苔和え、ごま和え。
お豆腐を切った上にたっぷりの薬味。
野菜やきのこの入った煮浸し。
お味噌汁、ごはん、ぬか漬け、梅干し、佃煮。


どれも、それほど手間がかかるものではありません。けれども自分の体調を考えたり、誰かに作る場合も相手の体や好みを考えたりしながら作ります。

そんな気持ちがあれば、十分にほっとできる食事ができます。

不思議なものでね、こんな風に作った料理は多少味が決まらなくても、「あら~、ちょっと薄いかな~?ま、いいか。」と流せるのです。気合入れて「よし、美味しいものを作るぞ!」と作ると、できなかった時は流せないのよねぇ。

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切っただけ、茹でただけ。毎日ご飯はこれくらい気軽で十分です。美しい料理ではなく、シンプルな温かい料理を作れるようになる。ここが料理のベースです。

いきなり雑誌系を目指してしまうと、心が抜けてしまう気がするのです。料理本来の意味がなくなって、形だけおってしまうような寂しい感じがします。

温かい料理は誰もができるシンプルなもの。毎日ご飯は気負わずに作れるものでないと続きませんからね。

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